Review of Everest 701


Interview with TOMOO SUZUKI (TOM SUZUKI)






我々は、幸運にもひとりの伝説的なグラミー受賞レコーディングエンジニア鈴木智雄氏にAbendrot Everest 701 製品レビューと自身キャリ アについてインタビューすることができました。


── あなたは70 年代より、トップアーティストのライブ盤を手掛けていらっしゃいます。これはどんな経緯でしたか?

当時、僕は日本のCBS/SONYに在籍し、駆け出しのエンジニアでした。Chicagoが日本に来た時に、James William GuercioというプロデューサーがWayne Tarnowskiというロシア系アメリカ人のエンジニアを連れて日本でのライブをレコーディングしました。これのトラックダウンを行ったのが最初の大きな仕事でした。この「Live in Japan」というタイトルのライブ盤が「Live at Canegie Hall」よりも音が良いとメンバーとプロデューサーから評価をいただきました。

その次に、Beck,Bogert,&Appice (BB&A) の「Live in Japan」のレコーディングを行いました。彼らは、ロンドンやNYCでもライブレコーディングを行っていたのですが、発売される事は有りませんでした。日本だけJeff Beck側からOKが出て発売になりました。この2つの評価をいただいたことで、Santanaの日本でのライブをレコーディングする事に成りました。「Lotus」は僕がレコーディングとトラックダウンを行い、リリースされることになりました。元々、これらは日本だけで販売されていたものでしたが、BB&A の「Live in Japan」が裏ルートでアメリカでも高値で取引されるようになり、日本でやったものは良いという評判からCBSインターナショナルを通じて正式に世界に発売されるようになりました。それからは、Miles Davis、Freddie Hubbard、Bob Dylanと続き、Live in Japan シリーズとして、ライブ盤を作るようになりました。多い時は毎月録音していました。


── 何故あなたの録音に限って高い評価を得たのでしょう?

海外のアーティストが日本で録音すると何故か日本的な音になり、音の感じが違うというのはよくあることでした。僕がCBS/SONY に入って最初の仕事は、海外のCBS 圏から送られて来るアナログマスターテープの状態をチェックする仕事を行っていました。その中にはSimon & Garfunkel のアルバムで、最初に入っていたマッチで火を付ける音が“間違いなのか”“正しいのか“原盤を聴いて確認する、なんてことも行っていていました。その頃に膨大な数のクラシックやロックやジャズを聴いていたのです。その頃に多種多様な音楽を聴いた経験が役に経ったと思います。いい音楽はみんな好きですが、クラシックには音楽の基本形がたくさんん入っています。大物アーティストの録音に成功したことは、運も良かったと思っています。
1970 年代初頭は日本に本格的なレコーディングスタジオが少なく、多くのレコード会社がホールに機材を持ち込んで録音を行っていました。この頃CBS/SONY はSONY製のカスタムコンソールに8ch のテープレコーダーを繋いで録音していました。Santanaの「Lotus」の時はSantana 側から録音の条件として、16chのテープレコーダーで録音する事でした。しかし、当時CBS/SONYには輸入されたばかりの16chのテープレコーダーが1台しか無く、当時の最高責任者大賀さんに直訴して日本に入ってきたばかりの16chのテープレコーダーを至急動作確認し、そのまま大阪に送ってライブレコーディングを強行するというチャレンジをしました。今思えば機材を輸送するにも大変な時代でした。録音はテープ交換の時間を短縮するために事前にチームを作って16chのテープ交換を練習したんですよ。まるでF1のタイヤ交換の様にね。この録音は社外の人も含めて、協力してくれる良いチームを持つことが出来たんです。

暫く経ってからCBSインターナショナルの責任者に会った時、お前がワールドフェイマス”スズキかと、歓迎してくれました。なぜ”スズキ”の仕事に限ってアーティスト達がOKを出すのか話題になっていたということでした。L.A.のタワーレコードに行った時にBob Dylanのライブアルバムを見て、これは僕がレコーディングしたんだと言ったら、館内放送でレコーディングエンジニアのTOM SUZUKIが来店しているって紹介してくれてね。サインを求められたこともあって嬉しかったよ。

数あるライブレコーディングの仕事で心残りなのは、Paul McCartney。彼がWingsで来日する時、Bob Dylanに日本でライブレコーディングをしたいんだけど誰か良いエンジニアを知らないかと聞いたところ、Bob DylanがPaul McCartneyに僕を推薦してくれたんだ。日本にスズキを抑えろと通達が届いていたんだけど、残念なことに来日時にポールが逮捕されるという事件が起きてしまい実現しなかった。


── 多くのスタジオレコーディングの作品も手掛けていますね?

1978年、日本に初めてNeveの8078コンソールとSTUDERの24chが導入されたCBS/SONY信濃町スタジオが完成した時、サンフランシスコのThe Automatt Studioから、Herbie HancockのレコーディングをしていたFred CateroとプロデューサーのDavid Rubinsonが、お披露目を兼ねて東京でHerbie Hancockのレコーディングを行うことになった。初日をAスタジオでカルテットを録音して、次の日は、Bスタジオでトリオを録音するという流れで僕が彼らのアシスタントに付いていた。2日目のBスタジオでFred Cateroから昨日の設定をリコールできるかい?ハービーのNeve31105モジュールの設定がどうなっていた?と聞いてきた。僕はその時、前日Aスタジオでレコーディングしたハービーのピアノのチャンネルをモジュールごと引き抜いてBスタジオに用意していたんだ。その機転に彼らはとても喜んでくれてね。以来、彼らが東京でレコーディングする時は、常に呼ばれる様になった。日本でVSOPのライブ録音の時には、David Rubinsonだけで来て、僕がレコーディングを行った。ミックスはDavid Rubinsonが行ったんだけど、その日の彼は時差の寝不足で最後にはフェーダーを触ったまま寝てしまったんだ。後日僕は改めてVSOPのミックスして、David Rubinsonに評価してほしいとアメリカにテープを送ったんだ。するとDavid Rubinsonから”お前が行ったミックスの方が良いよ!”と連絡が来て、日本でのVSOPライブ録音「Live Under the Sky」(1979)は僕が行ったミックスでリリースされることなった。

それ以降も日本でのハービーのレコーディングは全部僕が行ったし、海外から来るCBS/SONYアーティストのレコーディングのほとんども行った。数え切れないほどたくさんの日本のヒットソングもレコーディングしたよ。


── あなたは2つのグラミー受賞作品を手掛けていますね。これらレコーディングについてお話を伺えますか?

「A Tribute to Miles」(1994)と、Herbie Hancock /Wayne Shorterのアルバム、「1+1」(1997)の2作でグラミー賞をいただいた。「1+1」は、二人のDUO 作品で、L.A.にあるHerbie Hancockの自宅リビングでホームレコーディングしたもので、ピアノにSONY-800 2本と、サックスにNeumann M-269 2本のマイクを立て ただけ。お互いのマイクにお互いの楽器の音をどの様に回り込ませるかという工夫はしたよ。ホームレコーディングといっても家から少し離れた所にEuphionix のコンソールが入った本格的スタジオが有り、レコーダーにPro ToolsとSTUDERのテープレコーダーが用意されていた。聴き比べたらSTUDERのアナログの方が圧倒的に良かったんだけど、先方にはアナログで編集を行うのは大変という考えがあったようでPro Toolsも一緒に回していた。けれども90年代の当時は、まだ誰もPro Toolsの使い方が良く分からない。Herbie Hancockのクルー達が編集をする事が出来なくて時間がかかっていた、僕は編集点を聴いて覚えてアナログのオリジナルテープを切ってOK テイクを作って聴かせたんだ。そしたら彼らの態度が一発で変わってね。これがレコーディング初日の話で、その日から宿泊地がモーテルからビバリーヒルズの高級ホテルに変わった(笑)。Herbie HancockとWayne Shorterは以前からの仕事で僕の技量も知っていたけど、他の連中は日本から来たコイツは何なんだって思っていた訳さ、たぶんね。

後日、アメリカでJAZZのトップアーティストをレコーディングしたいというエンジニアなんて星の数ほどいるはずなのに何故、今回のプロジェクトに僕を指名したのかをHerbie Hancock とWayne Shorter に直接聞いたんだ。そしたらプロジェクトの一番最初に二人でエンジニアの名前リストを書いていって、二人でせーので指差したのが僕だったというんだ。四の五の言わずに従順に一生懸命仕事をしてくれるからだって言っていたよ(笑)。「A Tribute to Miles」の時も、たくさんの大物アーティストが参加するプロジェクトの中、全員に対してフラットに仕事が出来るエンジニアとして呼ばれたんだ。


── Everest 701をレコーディング、トラックダウンに採用されていますね、印象はいかがですか?

ひとことで言えば、クッキリハッキリ、音場も広く柔らかで上質な音。Everest 701をつないで音を出したら、スタジオのアシスタントが急にいい音がしていると言い始めたよ。ゴミが無い、空気感がキレイというか・・・、音がスッキリしていて透明だ。すごいですねって。比較をしなくても今日のセッションは違う、明らかに違ってスタジオ内の誰もがわかったよ。もちろん比較用に内部クロックでトラックダウンもしたけど自ずと結論は出たね。クッキリしない、ハッキリしない、滲んだ音場が固い音・・・、混濁している現状のデジタルレコーダーの音そのものさ。Everest 701は、マスタリングエンジニアにもすごく良い印象があったようでその時のレコーディングは、Everest 701を使ってマスタリングされたんだ。

Everest 701の設計者の言う、時間の歪みから来るデジタルの情報の損失、位相のズレに起因する問題というのは説得力がある。完璧な条件下であればデジタルの音は変わらない。自分の経験と照らし合わせても何か分かるよ。Pro Tools 初期の頃から外部マスタークロックを使うことで音が良くなるということはよく言われていた。一緒になっていろいろ試していた時期があったけど、最後にはみんな飽きたと言って使うのをやめてしまうんだ。よいサウンドに飽きるというのはおかしな話だと思わないかい?僕はそんなものに1000ドルだって払うのはごめんさ。同じデジタルでも昔のデジタルマルチトラックレコーダーSONY3348テープの音は良かった。今のPro Toolsは、規格的にSONY3348を遥かに上回っているけど、聴いた音がそれを上回っているかどうかは分からない。音が濁ることを位相の問題という言い方になるけど実際はもっと感覚的なところになる。

音の世界は何をやっても音が変わる。楽器の質、演奏家、楽器の位置、向き、スタンドの立て方。床の材質でも違う。細かいことを詰めて行ってその差が全部音に出てくる。サンプリング周波数で動かし得ているデジタル機材は、全部マスタークロックの影響を受けて動いている。Abendrot Everest 701を使ってみて思ったよ。効果がある。内部クロックに戻ることはできないね。


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寺井尚子 - Piazzollamor


TOMOO SUZUKI (TOM SUZUKI) DISCOGRAPHY


Tomoo Suziki / Tamoo Suzuki / Tom Suzuki / Tomas Suzuki

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